界隈でよく聞く「スモールスタート」だが、本当は間違っている
創業時に金融機関やコンサルからアドバイスされる内容で最も多いんじゃないかと思われるのが「スモールスタート」です。私自身、中小企業診断士として、多くの中小企業を支援する機関(金融機関や商工会など)と関わっていますが、スモールスタートという考えは常識のようになっていて、最初から大きな売上を望むような事業計画は全くダメだとみなす風潮があります。
今回の記事は、今や常識となっているスモールスタートがいかに誤った考えかを明らかにして、正しい創業支援の方法に気づいてほしいという思いを伝えるために書かせていただきます。ちなみに、普段の支援現場では、金融機関や他の経営支援に関わる職員の方々の手前、スモールスタートの考えがおかしいとは言えず、モニョモニョっとすることが多いです。私自身の反省も込めて、しっかりと間違いを正していこうと思います。
スモールスタートとは何か
スモールスタートとは、事業を始める際に小さな規模から始めていくこと、と言われています。この小さな規模という意味には
初期投資が少ない
固定費が少ない
少ない人員で運営する
サービス内容を絞り込んでいる
売上規模が小さい
といったことが含まれています。
スモールスタートとはすでにある企業が新規事業の立ち上げを企画する場合の話
しかし、よく考えてほしいのですが、ここでいうスモールスタートは新規事業の企画の話であって、創業の話ではありません。つまりどういうことかというと、ある企業内で新規事業のプロジェクトが立ち上がった際に、最近ではスモールスタートの考え方が取り入れられているというだけの話で、創業者が設備投資や人員を最小限にして事業を始めるという話ではないのです。
上図のように、スモールスタートは、まずは小さい規模から始めていって、将来的に予定している事業計画まで事業を大きくしていくという考え方です。一方で、当初予定していた事業計画を修正して規模を縮小することは、ダウンサイジングと言います。
スモールスタートの例
例えば、ある企業で飲食事業部門を立ち上げることになったとします。その時に、最初から複数店舗を出店するのではなく、まずは1店舗を出店してみて様子を見る、というのがスモールスタートです。
別の例では、新しいアプリを開発する場合に、予定している10サービス全てを作成し、一度に提供を開始するのではなく、まずは中心となるなる2サービスを提供し、ユーザーの反応を見てから残りのサービス開発に取り組む、ということです。
創業の場合、そもそもこれらの例にあるような規模にすら到達していないので、スモールスタートですらないのに気づくはずです。つまり、創業者は、従業員が100人ほどの企業がお試しで取り組むぐらいの新事業の規模感よりもはるかに小さい事業規模でしか、事業をスタートできないのです。
スモールスタートに対する間違った印象
イメージで言うと、スモールスタートは「1億かけて始めるのではなく、3000万ぐらいの投資で始めてみませんか」と言う話であって、「3000万を800万にしましょうか」と言う話では決してありません。また、「いきなり正社員を10人雇うのではなく、しばらくは異動させた正社員3名とパート・アルバイトで回してみましょう」と言う話であって、ワンオペでできる規模でやれと言う話ではありません。
創業者が少ない資金や人員で事業を始めると、簡単に競合に負ける
スモールスタートというと、「1000万ぐらいの初期投資で従業員は雇わずに始める」というイメージを持っている金融機関の方がいらっしゃいますが、そもそもそんな事業では他社には勝てません。ヒト・モノ・カネの準備の時点で負けています。なので、そんなスモールスタートはあり得ません。経営戦略的に大間違いです。
創業支援において、金融機関の役割がなぜ必要かというと、カネの部分だけでも他社と戦えるようにするチャンスを創業者に与えるためだと思っています。私個人的には、これができないのであれば創業支援はやらなくていいと思っています。すでに経営を軌道に乗せ、新規事業に取り組む余裕を持って参入した企業と比べて、創業者が資金の面で大きく離されてしまうのであれば、創業者に勝ち目はありません。
スモールスタートとは最初から大きく賭けないことであって、手元資金が少ないことではありません。手元資金が少ない時点で、他社に勝つことは非常に難しくなってしまいます。
飲食店の正しい始め方について、まずは飲食店の特徴を整理してみる
スモールスタートの考え方がそもそも創業者には合わないということを理解してもらった上で、では正しい始め方とは一体何かを考えてみましょう。
飲食店は誤解されやすい業種です。というのも、製造業の側面とサービス業の側面を併せ持つ業種だからです。来店客が増えたとしても生産量が追いつかなければ売上が上がらないということを本当に理解できている金融機関の方は少ないです。
飲食店の製造業的な特徴
仕込み量によって売上の上限が決まる
コンロ、オーブン、冷蔵庫などの設備の数によって売上の上限が決まる
調理速度やオペレーション効率によって売上の上限が決まる
利益率が仕入れに左右される
飲食店のサービス業的な特徴
料理や接客の質に売上が左右される
生産と消費のタイミングが同時
顧客との関係性構築が重要
常に顧客対応をする必要がある
飲食店が売上を伸ばすには製造業の視点が必要
一般的には、サービス業としての側面を重視されがちな飲食店ですが、実は製造業としての側面が売上を伸ばすには非常に重要だということがわかります。このことは飲食店経営者や飲食業界で働いている人であれば、ほとんどの人が理解していることです。
飲食店を始めるときには、まず将来的にどのくらいの売上を想定するかを明確にする必要があります。先ほど説明した、製造業としての側面から考えると、想定する売上をもとに必要な設備を考えていくことになるからです。
例えば、月売上300万円のラーメン店を想定した場合、コンロはいくつ必要でしょうか?また、厨房には何名のスタッフが必要で、どのくらいのスペースが必要でしょうか?これらについて、実際の仕込み量やオペレーションを考慮して、必要な設備を検討していくことになります。
人件費を効率化できない飲食店の難しさ
売上を伸ばすには製造業の側面を理解しておくことについては説明しましたが、経費についてはサービス業の側面を理解する必要があります。どういうことかというと、飲食店では作ったものを在庫として抱えておくことができず、作ったらすぐ提供して食べてもらうという特徴があり、そのせいで需要に合わせて効率的に人員を配置することができないため、人件費が常に過剰にかかってしまうということです。
製造業の場合、従業員の手が空くような時間があれば、別の作業を前倒しにして業務を平準化するといった取り組みが可能ですが、飲食店の場合は前倒しする作業にも限界があり、かつ、常にピーク時に対応できる人員を配置しておかなければならないため、効率的な人員配置ができないのです。
売上に対し一定の割合で変動しない人件費
次の図は飲食店の利益と人件費の構造を表したしたものです。(※原材料費は除いており、簡略化しています)
飲食店の人件費は売上に対して一定の割合で増加するのではなく、図のように売上が増加している間もシフトを増員するタイミングだけで増えます。売上がある一定を超えるとシフトを増員する必要が出てくるので、利益が悪化します。そのため、売上が増えたからといって、利益が一定に増えていくという構造ではありません。
人件費に対して利益が最も大きくなるときの「売上高」を探す
飲食店の収支計画を立てるときは、図のように段階的に増えていく人件費に対して、利益の幅が最も大きくなる売上高を見つけ出すことが重要です。
つまり飲食店の場合、「事業の適切な規模=利益が出るときの売上高」があらかじめ決まっていると考えてください。一定以上の規模では店舗を持て余し人件費と固定費の維持費で利益が少なくなり、小さすぎる店舗だと売上が低く利益を確保できません。
カフェが儲からないと言われる理由を知っていますか?
例えばカフェは儲からないという話を聞いたことがありますか?カフェは回転率も低く客単価も低いため、儲からないという話は飲食店を支援している金融機関やコンサルタントであれば知っています。では、スターバックスはなぜ運営できているのでしょうか?
スターバックスコーヒーの特徴とコメダ珈琲店の特徴の比較
スターバックスの立地はロードサイドやショッピングモール内、駅ビル内などさまざまです。ロードサイド店においては客席数も40〜50席程度あり、かつドライブスルーを備えています。ショッピングモール内店舗では大型の店舗もあるようですが、50〜60席ぐらいの店舗が多く、他のカフェより店舗面積が小さいこともあります。その他の店舗は省略しますが、一般的に客席数は50席程度でテイクアウトやドライブスルーにも対応しているのがスターバックスの特徴で、その特徴を活かして店内利用時の回転率の低さを補っています。
スターバックスとは反対にテイクアウトに力を入れていないカフェとしてコメダ珈琲があります。コメダ珈琲はドリンク以外のメニューにも力を入れており、客単価を高めるために様々な取り組みをしているように思えます。実際の客席数は100席を超える店舗が多く、ドライブスルーがない分、スターバックスよりも大型の店舗となっています。
小さい規模の個人経営のカフェは、客席数が少ないため、構造上経営が難しい
一方で個人経営のカフェは20席にも満たない店が多くなっています。また個人経営のカフェでは、ドライブスルーは滅多になく、テイクアウトも力を入れているところはあまりありません。ちなみに、個人経営のカフェの客席数20席という数字は空きテナントの面積によって決まっている数字であって、創業者が借りやすい家賃相場の店舗での最大の席数です。売上目標や利益から逆算した席数ではありません。
個人経営のカフェが儲からないというのは、客単価の問題でも、回転数の問題でもなく、単純に客席数の問題です。顧客から選ばれている店と比較して、個人経営のカフェは客席数が1/5〜1/3しかなく、売上を上げにくい構造になっています。仮にスターバックスのシフト人数を4人とした場合、個人経営のカフェのシフトを客席数に応じて1/3に減らすと、ワンオペになってしまい接客サービスができなくなってしまいます。
つまり、客席数が少ないことで、相対的に人件費の割合が高くなる構造になっています。
カフェの適正な客席数は思っている以上に多い
これらのことから、カフェという業態の適正な客席数は、国内で成功しているカフェを考慮すると、50〜100席の間だと想定できます。(※ドライブスルーやテイクアウトなどのサービスがない場合は100席に近づきます)
もしこの内容に反論がある方がいれば、20席程度で店内飲食主体で全国展開しているカフェを挙げてみてください。私の知る限りはありませんし、ビジネスモデル的にも成功するとは到底思えません。
適正な事業規模より小さい規模で始めると、仮に黒字化できても次のステップに繋がらない
カフェを例に挙げましたが、この例でも分かる通り、飲食店には適正な事業規模があり、飲食店の経営を成功させるにはその規模に沿った計画を立てることが重要になっています。
これまで界隈でまことしやかに言われていた「飲食店のスモールスタート」ですが、この適正な事業規模を下回るほどの小さい規模で始めてしまうと、将来的に事業を拡大するどころか、店を潰すことになりかねません。
小さい規模で始めることで、売上が伸びず、人件費や固定費の割合が高くなり収益性が低い事業が出来上がってしまいます。仮に黒字であったとしても事業拡大するほどの資金力や体力がなく、次のステップには進めません。これではそもそもスモールスタートとは言えません。
適正な事業規模は他社の成功事例を分析した上で考える
飲食店を始める場合は、適正な事業規模を見つけることが重要です。そのためには、成功している他社のビジネスモデルをよく観察して模倣することが効果的です。そうやってよく観察すれば、スモールスタートと思われていた事業計画が、設備投資や人員が少なすぎて、いかに収益性のない計画だったかが理解できると思います。
余談:飲食店が潰れやすいのは創業者だけのせいではなく、創業支援が下手だから?
某金融機関では、創業者に対して1000万円ほどの初期投資で飲食店を始めることを勧めてきます。そして、その規模の計画でなければ融資をしない実情があります。
中小企業庁が作成した資料(下表)によると、「宿泊業、飲食サービス業」の開業率と廃業率はトップであり、このことから多くの飲食店が開業し、多くの飲食店が廃業していることがわかります。つまり、飲食店の創業支援はうまくいっていないことがわかります。飲食店が潰れやすいことを創業者や環境のせいにしている金融機関の方もいるかもしれませんが、実際は創業支援が下手なせいで、事業を続けられる事業者が少なくなっていると考えることはおかしなことでしょうか?
スモールスタートという、事業の本質を無視した、数値に基づかない都市伝説のようなものを信じているせいで、飲食業界の発展を阻害しているとしたら、非常に大きな問題だと思います。
業態別の適正な事業規模を考えよう
一律1000万円というようなスモールスタートという考えはすぐにでも破棄してください。飲食店は業態ごとに客単価も回転数もオペレーションも違います。飲食店をひとくくりに考えることが大きな間違いです。まずは飲食店の業態別の適正な事業規模を成功事例をもとに考えるところから始めましょう。
例えばラーメン店で客席数が10席の場合、店主と従業員2名で店舗を回すことになるので、従業員教育が進まず店舗運営が難しくなります。店主は休みなく働くこととなり、体力面でも長期的に事業を続けることは難しいでしょう。
そのため、ラーメン店の場合最低でも3名体制が必要です。その場合は客席数が最低でも20〜25席程度必要となります。
ランチを主としたレストランではどうでしょうか。この場合は客席数が40〜60席、6名体制がいいと思います。20〜30席であれば休日などの混雑時の売上が頭打ちとなり、売上が思ったように伸びず、従業員の雇用も安定しません。
このように、飲食店の業態によっての適正な事業規模は異なります。飲食店を始める際には無理に事業を小さくするのではなく、適正な規模で始めることを心からお勧めいたします。
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